昭和52年05月17日 朝の御理解



 御理解 第44節
 「狐狸でさえ、神に祭られることを喜ぶというではないか、人は万物の霊長なれば、死したる後、神に祭られ、神になることを楽しみに信心せよ。」

 楽しみに信心せよというておられる。本当に合楽理念をもってすることは、それこそうれしゅう楽しゅう有難う、しかも愉快に、と言うんですからどうでも、合楽理念に基づいた生き方と信心とが、なされなければならんと言う事ですね。死したるのち神に祭られると、だから私どもがね、その死と言う事は思いたくもない考えたくもない、死ぬること考えたら本当に悲しうなる。だけれどもやはりいつま、仏教的に言えばお迎えが来るやら分からんのです。本当にそうです。
 昨日おととい、小倉の富永先生が亡くなられました。もうあっという間でした。奥さんからお届けがあってすぐ後にお父さん、野口のお父さんから亡くなったという、なんか脳出血かなんか、そんなだったらしいですね、自分は耳鼻科ではもう、本当に権威と言われるほどし、そして非常に体に注意をなさっていた方でした。お父さんが42で亡くなられ、それからお爺さんが42で亡くなっておられる。丁度その42の厄年の時に普通でいう厄年の時に体が悪くなったからもう。
 いよいよもう自分もやっぱりここで亡くなるのかと悲観しておられるところに、そのお母さん野口さんのお導きでお参りしてみえて、42というのはお道の信心では、その年を境にお役に立たせて頂くというふうに教祖様は教えておられますから、本当にお役に立とうという願いをもたれたら、おかげになりますと、それで言うならお医者さんですから本当に人助けのために、もう誠心誠意の方でしたですね、皆さんのご承知のとおりの先生でしたが、大変忙しいのでしたけれども、もう奥さんがお参りになる。
 お参りになると話を聞かれる、その話をちゃんと覚えておってから、奥さんに夜の時にあの時にああいうご理解を頂いて帰ってきたと言って、却って先生から教えられるというような、合楽にも大変帰依をなされて、ご自分も奇跡的な瘤のとれたおかげを頂いて、もうそれ以来合楽に帰依をしておられた。昨日佳子さんからいわゆる奥さんから電話がかかって参りまして、もう本当に落ち着いて落ち着いた電話でした。
 それはも前日のお願いの時には、それはもうあんまり突然のことにびっくりされて、取り乱されるのが当たり前と思うような電話でしたけれども。昨日はもう大変落ち着いておられて、私は第一声を聞いた時に富永さん、あのそれだけで私は安心したと言う位に落ち着いておられました。そして本当にあの、親先生に告別式のおかげ頂きたいんですけれども、病院の方から病院葬にするというので、今日密葬がありそして何日の日だったか、明日かあさってでしょう。
 告別式は病院葬だというので、あのまたこちらの御霊様で、金光様のご流儀でして頂きたいというお届けがございました。それで納棺の時にお粗末になっては、なりませんからと言うてご神米を胸に一体抱かせて納棺いたしましたから、どうぞよろしくと言う事でした。本当に今日は44節ですけれども、もういつお迎えがくるやら分からんのが私達です。先日宅祭の時に、野口さんとこにみえられて、もう大変機嫌で、もうそれこそ沢山、写真とっておられましたですね。
 最近いわゆるとてもとてもそして最近はもう、とにかくあの42歳からこの方もそうですね。何年ぐらいなられるでしょうか。14、5年前と言わんかもしれませんね。そのおかげを頂かれて、もう本当に親先生、風邪ならひきませんというほどしに健康だった。それが42歳の病気をされておかげを受けられてからこの方、もうそれが健康であることが自慢、もう先生達にもそのそう言う事が自慢であった。ですからもう夢のようなことです。ですから、死ぬることなどは考えたくなくてもです。
 私共がならいつ死んでも良い様な、信心を身に付けておかなければならないと、言う様な事が分かりますね。ならそういう信心とはどう言う事かというと、信心が楽しうしてこたえんちゅうごたる、信心じゃなからにゃいかんと言う事です。死したる後、神に祭られ神になることを楽しみに、信心せよとおっしゃっとるですから。昨日帰った時までは、何もなかったんですけれども、夕べ遅うここへ出で参りましたら、手紙が沢山きておりました。それをまあ、いちいちお届けさせてもろうて。
 中にまた小さいのがきとりますので、はあこら公子さからまたきたばいの、公子さんからと思うとった実際が、そしたら末永先生が書いとるとです。そして昨日書きましたけれども、何か以前に書いたような気が痛しまして、また一筆書かせて頂くと言うて、今度29日に大祭を奉仕させ頂きます。祝詞を書きました。だから一応下見をして頂いてこれでいいかどうか、一遍読んで下さいというのが、だからもう大変丁寧に祝詞を西岡先生から原稿になるのをたくさん頂いて行っとりましたけれども。
 やはりあちらへ行ったらあちらへ行ったで、独特のものがなからなければならないというので、そのあちらの内容に変えて書いて送っております。親先生おかげを頂きましてありがとうございました。親先生の壮大な祈りに支えられて今月今日一日のご用を始めさせて頂きます。目下のところ、終日のご神前奉仕をさせて頂きましても、一人の参拝もありません。今こそ終日、神様に心の向けられる実行の時です。この好機を生かして御用に当たらせてください。
 それでも家族の人たちは熱心にお取次を頂かれます。新田さんの店の売上が急増したり、電話が何年ぶりに取り付けられたり、大変なおかげを頂いておられます。昨日、日曜日に子供達がそろって御祈念の後に、僕達は大きくなったら何になるね、と質問しましたら、一番上の六年生になる子供が金光様の先生になりますとブラジル語で答えました。その健気な心に大変、心打たれました。親先生ありがとうございます。おかげを頂きましてありがとうございます。
 昨日書かせて頂いた親先生へのお便りが、もう随分昔の事の様に思われ、今日も又書かせて頂きたくなりました。今日29日こちらで初めての御大祭を仕えさせて頂く事になり、その祝詞の下書きができましたので、これにてよろしいでしょうか。悪い所があれば訂正をお願い申し上げます。日本では四月は春の最中ですが、ブラジルは秋の最中です。祝詞の中に秋の御大祭を仕え奉るとしてみましたが、いかがなものでしょうか。
 祝詞の原稿は出発に当り西岡先生より頂きました合楽教会の祝詞集を参考にさせて頂きました。どうぞよろしくお願い致します。と祝詞をずっと書いております。最後の所にほとんど合楽と同じ祝詞を書いて、最後の所にさらに言挙げて申し上げ奉らくは、これのビリグイ教会にありては昭和39年3月11日先の教会長新田勝次郎、三代金光摂胤の君のご神名のまにまに、これのブラジル国開拓布教に携わりしは畏しとも畏し。
 しかるに昭和46年1月4日、今その布教半ばにして、深き厚き神み心のまにまに、これのビリグイの土となりしは、尊きことの極みになむ。そがみ後受け継ぎし、新田イサのただならぬ教会布教の中に、金光大神お取次ぎのひれいを、今日に伝えしは畏しとも畏し。このたびこれの地に新たに迎えし、合楽教会末永建郎南米布教のご神命のまにまに、ブラジル国の繁栄と平和顕現の願いは、日増しにいやしるく和賀心時代を創るの、きゅう務に奮い立ちていよいよ信心の節を大切にし。
 朝な夕なの務めを疎かにすることなく、一切の事柄を自らの資していく材料となし、もって合楽理念確立を、己が心に期するは畏しとも畏し。合楽理念とは助かりの理念なり。この理念をブラジル国の、津々浦々に至るまで教え伝え、いよよ農産物の豊穣よろずの産業の隆盛、工場生産の発展を期し、もってブラジル国の繁栄と平和を熱願し、信奉者諸々は共々に、信心共同体を形成し、神恩に応え奉るを受け諾い給え。
 この年10月16日合楽教会開教10年記念祭並びに、此れのビリグイ教会大発展の、ご神願成就のお役に立たしめ給えと、神導き神ひき立たしめ給えと、畏こみ畏こみこいのみ奉らくと申す、という祝詞を作ってらっしゃるね、こうして本当にお参りもないお広前の神前奉仕が、もうこの時こそ本当のことを、分からなければならんと勇みに勇み、楽しみに信心をさせて頂いておるというのです。そういう例えばお先真っ暗のようなどうなるだろうかと、例えば不安に思うなら思うても、よいような中にあって。
 その言うならば今日のご理解を頂くと、楽しう信心をさせて頂いておるという感じです。けれどもその、ここにいつもの神様の働きの、その間違いなさを感じておる中に、そこの新田さんという、お菓子屋をなさっておられる、その家族の人達はもうとにかく、著しいおかげを頂いておるということが書いてあります。まず自分の隣におるその方がまずは神様の働きを、目の当たりに見たり感じたり、していかれると言う事が広がっていく、私は基だと思います。
 まそういうおかげを受けておるから、こうした元気な信心が出来るわけですけれども。昨日の大分支部のご大祭を奉仕させて頂いて本当に年年歳歳、その信心ご大祭の内容がすばらしい、本当に盛大なお祭りでした。それがただおかげを受けて有り難い有り難いと言った様なおかげが、私がご神前に出らせて頂いて一番初めに頂いたのは、あの八つ波のご紋章にはっきり赤で染めぬきに、大分支部とあるその旗がへんぽんとして、こう風にはためいておる様子を頂いた
 。それこそ旗と言うものがストっとこう風が無風状態の時にはこうだらっとなってますよね、風がある時にそれこそあの小学校の時の歌のね、あの歌じゃないですけれども白地に赤く日の丸染めてああ美しや日本の旗はと、またはああ勇ましや日本の旗はというような、その勇ましさ美しさというものはその風にはためいている旗であって、いきいきとした美しさがあるわけなんです。ですからもう今は此れは綾部さんを主にしてから幹部の方ほとんどが大変ないろいろな問題をそれぞれに抱えてるんです。
 熱心にご参拝があってるんですけれども、それがね、ああ本当に苦しいとか難儀とかではなくて、勇ましいまでのその風を、神風と受けてかえって勢いが出る。末永先生の手紙の中にありましたように、この時こそ本当の信心を頂く時だとして勇み立っておるというような信心が私はいよいよ楽しい信心に繋がるんだと思うんです。有り難い信心に繋がると思うんです。その楽しみの、楽しいという信心でなからなければです、言うならば、神に奉られると言う様な、神様が言うならば。
 神と認めて下さる様な、死したる後なら誰だって金光教の信心しとりゃ、御霊の神と言う事になりますけれども、そういう意味ではない、もうこの世で生神になる事を目指す信心、事ある度にいよいよ改まっていく、事ある度にいよいよ磨いていく、いや難儀な時程いよいよ本当の信心に目覚めていく時だと言う様な、生き方が私は生き生きとした、言うならば楽しみの信心だ、又それには有難いおかげが絶対伴ってくるおかげ、そういう信心をです、の手掛かりを合楽理念では説いておる訳ですからね。
 いよいよ合楽理念に基づいた生き方を、いよいよ身に付けていかなければいけない。私は今日は44節を始終死説とまあ、皆さんに聞いて頂いた。もういつも私どもはそういう一線上にあるんだと、こうやって元気でお話しておるが、なら私共がいつお迎えが来るやら分からないんだという、厳しい自然の一つの法則の中にあってです、私共はいつお迎えがきても慌てんで済むだけの信心それはね、それこそ勇ましいまでの信心と同時に、楽しい言うなら信心、そういう信心をさせて頂く限り。
 神に奉られる信心とは、そういう信心を言うのだと思うのです。死したる後神に奉られ神になることを楽しみに信心せよと、私どもの信心の中に、楽しい本当に有り難い、さあ今日はどういうご理解を頂くだろうか、と言った様な生き生きと弾んだ、その心の状態があるかいなか、一つ自分の心を検討してみなければいけません。そして本当に有り難い楽しい、でなかったら生き生きとした勇ましい、元気な心で信心させて頂かねば、ならんと思いますね。
   どうぞ。